資料室 隠された象徴

隠された象徴

隠された象徴

The Veiled Symbol

S.R.C. マリアナ・トーキントン

by Mariana Torkington, S.R.C.

 愛犬や愛猫を家族の一員とお考えの方でしたら、彼らが自分の意思を伝えるために、実に様々な種類の鳴き声を使うことをご存じでしょう。ペットは人間のような言葉を話すことはできなくとも、自分の感情を実にうまく伝えることができる伝達手段を持っています。人間も、犬や猫と似たように、さまざまな声色を使い分けていて、体系化された言語のベースとして、そのような声色が役割を果たしています。真の意図は、声の調子にこそ表れると言われます。人間の歴史において、言語に先立って使われるようになったいくつかの音声があり、それらは人種や文化の違いを超えていて、世界中で共通です。たとえば、私たちが驚いたときに発する「おお」という感嘆の声は、思わず出てしまう反応ですが、時代や地域を超えて共通に使われている音声です。「ああ」という声も、同じように、ちょっとした事故や軽い怪我でショックを受けたときに、思わず出る反応です。生まれたての赤ちゃんは、言葉を覚えるようになるまで、「マー」とか「ンー」という音声を使い続けます。ですから、ハミングを聴くと、いつでも私たちは、心が落ち着くのを感じます。ハミングが黒人霊歌に広く取り入れられているのはごく自然なことです。こうした音や他の音が、バラ十字会に伝わる「母音」(訳注)の起源になりました。

訳注:母音(vowel sound):バラ十字会では、声として発すると生理学的、超心理学的に特に望ましい効果がある音節のことを、伝統的に「vowel sound」と呼んでいる。この「vowel」という単語は「声の」という意味のラテン語の「ウォカリス」(vocalis)に由来し、「vowel sound」を日本語に訳すと母音となる。そこで、音声学上の意味とは異なっているが、この「vowel sound」のことを表すために「母音」という訳語を使用している。

マンデルブロ集合というフラクタル図形

 母音は発明されるものではなく、 下意識(潜在意識)に源があり、自己のサイキックな(psychic:超心理学的な)働きに直接関連しています。母音は、サイキック体(訳注)にまず影響を及ぼします。物質である身体への影響は、その影響から生じる二次的な効果です。

訳注:サイキック体(psychic body):バラ十字会では、人間には、物質でできている肉体のほかに、非物質的なサイキック体という身体があり、生理学的、超心理学的な働きに役割を果たしていると考えている。

 手短に言えば、母音とは、思考を一切介さない、感情の直接的な反応として発せられた声です。ですから、そうした音声に客観的な意味はなくとも、それが大きな影響力を持っていることは否定する余地がありませんし、また、その影響力は、バラ十字会ですでに立証されているように測定可能です。

 サンスクリット(紀元前5~4世紀ごろにインドに成立した言語)やアラム語(紀元前7世紀頃から紀元3世紀ごろのアジア南西部の共通語)のような古代の言語ほど、言語が生まれた当初の音をそのまま伝えている傾向があります。そこで、この2つの言語を研究すると、母音にまつわる、今まで知られていなかった事実が明らかになります。特筆すべき例を挙げると、「ンー」(Mmm)という音は、体内の水分に直接影響します。アルファベットの"M"にあたるアラム文字は「メム」(Mem)と発音され、水を意味します。この文字の形も英語の「M」に似ていて、まさに水が波立っている姿に見えます。この文字は、魚を意味する言葉にも深い関連があります。このほか、「真の自己」(Self)の性質に関して、古代語の研究から明らかになった他の事実も多数あるのですが、それに関しては、この記事の後半で検討することにして、ここでは、すでにご説明した例だけにとどめますが、要点はご理解いただけたことと思います。近世以降に普及した英語や、その他のいくつか言語は、多種多様な言語の影響を受けた混成言語であり、商業や貿易に用いる言語として世界的に認められるまでになりましたが、言葉が持つ奥深い様相や言語の起源を解き明かすために理想的な手段かといえば、そうではありません。そして、言語によって真実が隠されてしまうことさえあるのです。しかし、潜在意識からじかに発せられる音声の真の性質と価値に、深く注意をはらう人であれば、そのような真実を見通すことができます。そのような人の観察によって明らかにされるのは、言葉とは、太古の知識を乗せて運んでいる乗り物であるということです。

 コンピュータが広く使われるようになった現在、電話のほとんどが電子メールに取って代わられました。それによって便利になった反面、音声によらないことで、言葉の価値の一部が切り捨てられ、意味が失われることもしばしばあります。ですから、コンピュータによって、人と人のコミュニケーションが改善されていないということは驚くに値しません。コンピュータの利用が爆発的に増えた結果、コミュニケーションの質は低下し、単なる機械的な処理へと貶められてしまいました。言葉というものは、知性によって構築され、長い時を経て進歩を重ねながら発達してきたと私たちは考えがちです。ところが、最近のDNA(訳注)研究は、この考え方を否定する傾向にあり、言葉は無意識に源があると指摘しています。

訳注:DNA(デオキシリボ核酸)とは、主に細胞核内にある高分子で、地球上の大部分の生物の遺伝情報の運び手となっている。

 DNAの構造の研究が進むにつれて、人間がコミュニケーションを成り立たせる際に用いている文法や慣用表現とそっくりなパターンが、DNAの中にあるという研究があります。つまり、DNAの働く様子は、言語の働く様子とそっくりなのです。このことから分かるように、言語は実際のところ、人間のDNAに組み込まれているパターンに応じてできている可能性があり、この2つには類似性があります。この事実は「下にあるものは、上にあるものに似ている。」(as above, so below.)という古い諺を裏づけるものです。ですから、ものの言い方が肯定的であるか否定的であるかが、逆にDNAに対して、測定することのできる影響をおよぼすということを指摘している科学者がいるのは、驚くべきことではありません。前向きで心のこもった、建設的な言葉は、DNA鎖の緊張をほぐして引き伸ばす一方、破壊的で人の心を傷つける表現は、DNA鎖を著しく収縮させるという報告があります。ですから、会話時の声の調子によって、私たちが緊張したりラックスしたりすることは、少しも不思議ではないのです。ちなみに、この分野の科学者たちは、完全に言葉だけを治療手段とする、新しい種類の医学の出現を予測しています。

 言語がDNAに組み込まれたパターンを反映し、そのパターンが、さらに深遠な世界の調和を映し出しているものであるとすれば、それらのことを考えていくと、〈創造主/神〉という源や、宇宙の創造と目的に思い至らずにはいられません。「初めに〈言葉〉があった。〈言葉〉は神とともにあった。〈言葉〉は神であった。」という一節はとても有名ですが、この文章で語られているのは、もちろん、世界の創造、すなわち物質からなる宇宙全体の創造についてです。宇宙には始まりも終わりもなく常に存在しているという神秘学的な立場は、ひとまず脇に置いておくことにして、この一節を注意深く見ていくことにしましょう。そうするならば、この一節によって、次のことが完璧に明かされているのを見いだすことになります。すなわち、人間の〈真の自己〉(Self)の性質ばかりでなく、人間が背負っているすべての問題の解決策は言うに及ばず、人生の目的そのものまでもが、この一節に明かされているのです。文字通りに受け取るか象徴的に解釈するかにかかわらず、この一節が述べているのは、あるひとつの言葉が、とてつもない力を、すなわちこの場合には、全能なる力を宿しているということです。しかし、ひとつの言葉が、物質宇宙と呼ばれる、極めて複雑な全体の原因であるなどということが、一体全体、どうしてありうるというのでしょうか。この言葉の性質とは、厳密には何なのでしょうか。また、一考しただけでは、謎めいた理解し難い、言葉から宇宙が生じるというこのプロセスを理解させてくれる、よい実例を、私たちは見つけ出すことができるのでしょうか。

 聖なる言葉とともに天地創造が行われたという考え方は、古代エジプトで、プタハ神に仕えるメンフィスの聖職者たちが初めて唱えました。この創造者が、〈建築家〉であるという考え方が生まれたのもメンフィスでした。神が言葉を発することによって、神の意図は創造力として顕在化したと、これらの聖職者たちは考えていました。このような考えに沿って、〈聖なる言葉〉が、第一原因である〈創造主/神〉と結びついたのです。

 カバラ(Kabala:ユダヤ教神秘学思想)の文献にも、〈神の言葉〉に関する記述が随所にあります。しかし、私たちにとって特に興味深いのは、〈聖なる言葉〉の性質に対する、カバラの考察です。『形成の書』(セフェル・イェツィラー)には、「思考と言葉と行為の3つは、神においては、一体であって分かつことができない」と書かれています(文献:1981年刊版の6ページ)。さらに、ヘブライ語の中には創造的な力を持った単語があり、その単語の個々の文字は、その創造力の要素であると、カバラでは主張されています。普遍的な観点から言えば、精神の世界に属するエネルギーと、それが物質の世界に現れた現実の物事は、一体であり同じものです。つまり、スピリチュアルな(spiritual:精神の)世界と物質の世界は、切り離すことのできない一つの全体であり、これまでもずっとそうであったのです。〈創造主/神〉が知るのは、ただ全体だけです。人間だけが、思考と言葉と行為に区別を作り出したのです。そして神秘家だけが、この3つの融合を体験しようと努め、そうすることで、〈創造主/神〉との合一を体験しようとしています。

 宇宙のすべての法則には、そのそれぞれに対応する物質界の事物があるということを神秘家は学んでいます。また、宇宙の法則は、目に見えない高次の世界にだけ存在する何かではなく、どのレベルの世界にも同時に存在しており、その存在の振動数が異なっているということも神秘家は学んでいます。〈創造主/神〉の表現、つまり宇宙の法則は、いかなる時でも、いかなる場所のいかなるものの中にも存在する一つの連続体であり、一つの永遠なる輪なのです。私たちが学ぶべきことは、どうすればそれを認識できるのかということだけです。宇宙の法則は、いつでもどこにでも存在するものであるため、それを理解し、それが作用しているのを見るためには、この地球上の、自身の目の前より遠くを見る必要はありません。身の回りを観察することで、日々の生活で周囲にある事物が果たしている役割だけでなく、日々の生活の、何ものにも代えがたい深い価値が分かります。

 バラ十字会で学習を始めるとすぐに、創造に関する法則について学びます。この法則によれば、存在するすべてのものには、2つの本質的な性質と3つの表現があります。すべてのものは、マイナスの極性を持つ有限で地上的な側面と、プラスの極性を持つ無限で超越的な側面を併せ持っています。この法則は、三角形で表すことができます。また、「言葉」、「創造すること」、「創造されたもの」は、いずれも必ず2つの性質を持っています。カバラでは、この2つの性質が次のように説明されています。ある単語が持つ二面性のうち、質的な側面は〈文字〉によって表されます。〈文字〉は力と内在する性質に関係しています。もうひとつの性質である量、すなわち構造的な側面はその〈文字〉に対応する〈数〉によって表されます(訳注)。

訳注:カバラでは、ヘブライ語のすべての文字に、対応する数値が定められている。

 すべての創造物は、質と量、すなわち〈文字〉と〈数〉を共有しています。それゆえに人間は、〈言葉〉と創造された宇宙の関係を理解することができるのです。

 宇宙に関する限り、言葉と行為は一体です。しかし、物質からなる宇宙というレベルで考えた場合には、望んでいる結果を得るために、自分の側に必要とされる努力をまったく行わなくても、ある言葉が、何らかの創造力を発揮してくれるなどということがあるのでしょうか。別の言い方をすれば、何一つ行動を起こすことなしに、言葉ひとつで、何か外界の物事に変化を引き起こすことができるのでしょうか。しかし一方で、アファメーション(Affirmation:肯定的な言葉を発すること)、祈り、習慣として抱いている思考パターンなどが健康に直接影響することを、神秘家は何千年も前から知っていました。日々発する言葉が、身体に影響を与えることが、先ほど触れたDNAの研究によって示唆されています。

 一方、文字になった言葉には、明らかに限界があります。たとえば、バラ十字会の教本を読むだけで、それを応用したり、指示に従って行動しないと、意識レベルを向上させることができないことを会員は承知しています。しかし、口から発せられる言葉に関しては、多少事情が異なるのです。まず第一に、語られた言葉の方は、その場限りのはかないものです。しかしそれでも、文字よりも強い力を伝えることも多いのです。その理由は、口から発せられた言葉が生きているからかもしれません。生の歌声の方が、録音された声よりも訴える力が強いのと同じようにです。バラ十字会の学習では、力を有するさまざまな言葉について学びます。それらの言葉は、声に出した場合も、心の中で囁いた場合も、話し手の周囲の場の振動周波数を変化させます。それだけでなく、その影響が伝えられて、声がはるかに届かない離れた場所の状況まで変えてしまうことさえあります。このような言葉を使うことで次のことが明らかになります。つまり、肯定的な思いを遠方に送り届けるためには、ある全体的な条件と、ある媒体が存在するということです。そして、それら条件と媒体の性質も明らかになります。力を有するこうした言葉を用いる場合には、自身が抱いている信念も、極めて重要です。すでにお話した通り言葉は、決まりきったように働く機械などとは異なるからです。力を有する言葉は、外的な意味が特になくても、サイキック意識と下意識の世界への扉を開きます。そして、あらゆる用途に効果を発揮します。その言葉を発する人が、建設的であると考え、その言葉の創造的な波動に合致する状況であれば、いかなる状況にも利用することができます。こうした、ほぼ無限の多様性と万能性という特徴から、次の考察が正しいことが裏付けられます。言葉とは、そこに含まれる音素の総和以上のものであり、単なる口から発せられた振動以上のものなのです。

 それゆえに、ある言葉が物体に直接影響を及ぼすことさえあります。とはいえ、万物の創造という複雑極まりないできごとの源が、たったひとつの言葉であるということを説明してくれるような何かを、私たちは持ち合わせているでしょうか。私たちが現在理解しているような宇宙の全体が、ひとつの単純な母体から長い時を経て作り出されたなどということがありうるのでしょうか。

 昔ながらの素朴な幾何学では、自然界に見られる不規則性を説明することができません。カバラ思想の研究家の言葉を借りるならば、言葉の持つ数値的な側面を超えたところに目を向けなければならないのであり、多様性と不規則性について考察する必要があります。自然界のどこを見ても、完全な円も三角形や四角形もありません。そうではなくて、いくつかのパターンの繰り返しを目にします。たとえば、植物の葉脈の模様は、木の枝の伸ばし方にも見られ、さらには、ある川の三角州(デルタ)やヒトの血管などの写真にも、同じ模様を目にすることがあります。また、人間が作った道路網も、やはりよく似たパターンをしています。マンデルブロ集合(訳注)と呼ばれる、現代科学のひとつの事例が、この秘密を解き明かしています。

訳注:マンデルブロ集合(Mandelbrot set):考案者である数学者ブノワ・マンデルブロにちなんで名付けられた複素平面の部分集合であり、極めて単純な漸化式で定義される。

 マンデルブロ集合とは、コンピュータによって作られたフラクタル図形(自己相似図形)で(6ページの挿絵をご参照ください)、ひとつのごく単純な式を際限なく繰り返し用いることで、自動的に作り出されていきます。しかし、この式を繰り返し用いるごとに、パターンにごくわずかな変化が生じるのです。しかも、次々に生じるパターンは、自然界に見られるパターンに明らかに似ています。マンデルブロ集合によって実証されている事柄の本質は次のことです。すなわち、単純さ、つまり単純なひとつの式から複雑なものが生じることがあるということであり、その場合に、生じたものには、わずかな変異、すなわち不規則性を伴うということです。ちなみにマンデルブロ集合を作り出しているのは、自体のことを自体で参照する式です。バラ十字会員の多くが良く知っている一例に「三角形の法則」がありますが、この法則は創造された宇宙全体を表す〈宇宙鍵盤〉に関連しています。宇宙を創造した〈聖なる言葉〉が表しているのは、このような絶大な力を秘めながらも単純なひとつの式なのでしょう。

 さらに、宇宙を創造した〈聖なる言葉〉は、情報を伝達するための媒体であると同時に、変換装置であると考えられますが、現代科学では、このようなものの一例が見いだされています。「磁場崩壊技術」(collapsing field technology)は科学界に大きな論争を巻き起こしました。大部分の科学団体が公式に否定しています。しかし、この技術は、それまで知られていなかった物理学の原理の数々を明らかにすると同時に、物理学で絶対視されていた数々の原理に挑んでいます。

 次のように語っている、古代の文献がいくつかあります。「かつて〈言葉〉は肉体になった、いずれ肉体は再び、生ける言葉となるであろう」。このようなことが、どのようにしたら可能なのかを明かしてくれる具体的な例があるでしょうか。また、言葉が肉体になるとは、何を意味しているのでしょうか。この一節からは、〈聖なる言葉〉が神の構想を指していることが分かります。

 バラ十字会では、〈聖なるロゴス〉(The Logos)のことを〈聖なる言葉〉と呼んでいます。「ロゴス」はギリシャ語で〈言葉〉を意味し、概念、構想、思考や、言葉として表された思考などの意味を持ちます。ロゴスにあたる古代アラム語は「メムラ」(Memra)であり、小道を意味します。また「メム」(Mem)は、水を意味するアラム語です。現代の英語の「メモリー」(memory)という言葉と、この「メム」には関連があります。数秘学(numerology)の用語としては、〈言葉〉もロゴスも同じく啓示を意味します。〈聖なる言葉〉が持つ数秘学上の値は3であり、これは、対立し合う2つのものの統合と、三角形を指しています。ロゴスという語の各文字の数値を加えて得られる値は2であり、キリスト教三位一体(父と子と聖霊)の2番目の頂点、すなわち子と関連しています。〈聖なるロゴス〉の数秘学上の値は5です。この値は五芒星形のことを指しており、第5元素(エーテル)を通して、目に見えるものと見えないものが統合されることを表しています。〈言葉〉の値は6であり、上向きの三角形に下向きの三角形が絡んだ図形に関連し、非物質的宇宙と物質宇宙の統一を意味しています。「神の子」についてさらに付け加えておきますが、「神の子」と「神の一人息子」を数値に還元すると、いずれも5となります。

 水(アラム語のメム)は「聖なる言葉」と関連があります。では、そこにはどんな意味があるのでしょうか。バラ十字会員の多くは、学習や瞑想の際に鏡を使います。もしあなたがバラ十字会員であるならば、自分が鏡を使う理由について、考えてみてください。ガラスは、実際のところ固体ではなく、いつまでも液体の性質を保っているということをご存知でしょうか。古い窓枠のガラスが歪んでいるのはそのためです。つまり、鏡は一種の水を意味していて、実際にも、水は鏡として用いることができます。そして、この水は、真実を映し出し明らかにします。このことは、あらゆる神秘家にとって究極の目標です。「湖のように静かな心は、すべてを映し出す」ということが良く言われます。また、真の賢者とは「流れるように生きる」思索者であり、常に答える準備ができており、真に創造的で、人生の紆余曲折を、流水のように優雅に乗り越えていく人だとされます。

 水との関連でもうひとつ重要なことは、「エリクサー」(elixir:生命の霊薬)です。この魔法の物質を口にした者には、永遠の若さが与えられるとされています。仮に人間が、いわゆる神の構想を自身の中に取り込むとすれば、別の言い方では〈聖なるロゴス〉になるとすれば、このことを象徴的に言い表したものが「エリクサー」なのではないでしょうか。「エリクサー」とは、私たち神秘家の探究のための、まさに、もう一つの鍵なのではないでしょうか。エリクサーを飲むという体験とは、永遠の若さを実現することであり、言い換えれば、若さの源泉を見つけ出すことなのではないでしょうか。またそれは、〈真の自己〉に気づくとか、宇宙意識に到達すると述べていることと完全に同じなのではないのでしょうか。答えはどこからでも得られます。言語学という観点から言葉の起源に目を向けるとしても、数秘学的な解釈に心を惹かれて、それを研究することを自ら選んだとしても、あるいは、象徴記号の研究を通して、言葉に取り組むとしても、どのような観察の仕方をしようとも、それは別の観察の正しさを裏付けることになり、ただ一つの結論に至ることになります。その結論とは、私たちは〈言葉〉であり、それをしっかり自覚することで、再び〈聖なる言葉〉には、肉体として命が与えられるということです。

 私たちの心の内側には、〈創造主/神〉の記憶、すなわち聖なる意識が含まれています。私たちの日常意識の限りある記憶とは反対の性質である無限の記憶と、この意識は関連しています。しかし、私たちは物質の世界に生きているため、大多数の人にとっては、深い意識の目覚めは、不確かなものにすぎません。それでもやはり、深層の意識を目覚めさせることは、故郷へ通じる道筋(メムラ)であり、魂の根源に回帰する道なのです。そして、このことこそが自己実現であり、私たちは三位一体の第二の要素である「神の子」だという自覚へと、私たちを導いてくれるものなのです。

 私たちは、エネルギーの性質を変えたり、エネルギーをある方向へと向けたりしていますが、そのエネルギーこそが、まさに実体であり、また、故郷へ通じる小道を照らしてくれる明りなのです。私たちがエネルギーに方向を与えることで、その光は未来にも投げかけられ、この世界において私たちが賢明な選択をできるように、道の前方を照らしてくれます。その世界とは、創造され、まだ完成しておらず、そして常に変化している世界です。〈聖なる言葉〉というエネルギーをこのように用いることで、つまり、このエネルギーに具体的な形を与えることで、私たちは第一原因に同調し、その過程で、故郷への道が明かされます。私たちは〈言葉〉となり、〈言葉〉は私たちになるのです。そして、思想と言葉と行為は、そのとき一体になります。

 〈聖なる言葉〉すなわち〈聖なるロゴス〉とは、構想、すなわち無限の可能性と力とともにあった原初の構想です。またそれは、いつか誰もがそうなる、私たちの未来の姿です。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラ十字」(No.132)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

(参考文献)
『DNA波動バイオ・コンピューター』(D.デュボワ編2012年4月23日改訂版。以下のウェブサイトより抜粋 http://www.bcs.org/content/ConWebDoc/16170.
「創造の書(形成の書)」(セフェル・イェツィラー)(I.カリッシュ著1981年刊 L.H.Frank出版)
『スイート制作の三極真空管』(J.L.ノーダン著2012年4月25日改訂版。以下のウェブサイトより抜粋 http://www.bcs.org/content/ConWebDoc/16170.)
「アウム・オーン・アーメン」(H.スペンサー・ルイス、『The Rosicrucian Digest』1981年2月号27-29ページ掲載)

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