資料室 ブラジル国会上院におけるバラ十字会代表のスピーチ

ブラジル国会上院におけるバラ十字会代表のスピーチ

ブラジル国会上院におけるバラ十字会代表のスピーチ

PRESENTATION TO THE BRAZILIAN SENATE

クリスチャン・ベルナール(バラ十字会AMORC世界総本部代表)

by Christian Bernard, Imperator

(この記事は、2012年4月26日にブラジルの国会上院で行われたバラ十字会AMORC世界総本部代表、クリスチャン・ベルナールのスピーチです。このスピーチは、ブラジルの放送局「TV SENADO」にて放映され、ラジオ、インターネットTVでも取り上げられました。)

ご来場の皆さん、こんにちは。

 古代神秘主義バラ十字会を代表し、この会の世界総本部議長および代表である私から、本日お招きくださりましたことを感謝いたします。また、世界中のバラ十字会員を代表して、ご挨拶を申し上げる機会をいただきましたことに、心からお礼を申し上げます。

 ここブラジル国会上院にて、皆様にお話しする機会をくださったことで、皆様は、寛容の精神と、私たちの星と人類の未来に対する関心の高さをお示しになりました。

 本日は、このような名誉を与えてくださったことに対して感謝すると同時に、より良き未来が末永く続くためのいくつかの提言を、皆様にお伝えできることを、心よりうれしく思います。

 皆さまもご存じの通り、人間は二元的な生き物です。すなわち、肉体という物質的な要素とスピリチュアルな要素を兼ね備えており、後者のことは多くの人が「魂」と呼んでいます。神あるいは創造主が、大地の塵から人間を創造し、その鼻孔から生命の息吹を吹き込んだと述べられることもあります。この主張の詩的な言い回しを科学的な表現で置き換えるとすれば、次のように言うことができるでしょう。つまり、人間は、地球上の化学元素から構成されていて、その細胞のひとつひとつもまた同様に地球上の化学元素からできていますが、そこには生命が宿り、活力が与えられています。人の体のメカニズムは、複雑であると同時に素晴らしいものです。また、体を動かしたり、様々な動作を同調させたり、その他にも、人の多くの能力には目を見張るものがあります。しかし忘れてはならないのは、人体は、この地球上の元素の組み合わせであると同時に、変わることのない厳然たる、ある法則なくしては存在できないということです。

 生命を成り立たせている本質的な要素がなければ、生物は存在することはできません。この要素すなわち生命力は、今述べた有機的な構造、すなわち人間と呼ばれている個体の中にあるだけでなく、人間からなる人類という集団全体も支えています。また、生命のこの本質的な要素は、水や鉱物から植物に至るまで、自然界にあるすべてのものにも存在しています。この自明の理を否定することは、生命自体の否定につながります。そして、この生命力が人体を離れると、それは命なき物体になってしまいます。

 神と呼んでも、創造主と呼んでも構いませんが、宇宙の高次の知性は、自体の法則を実際に作動させるために、生き物を必要としています。同様に、私たちの体が生命を維持するためには、この高次の存在に由来する生命の本質が必要不可欠です。肉体という外皮が破壊されてしまうと、人間の魂(soul)からは、進歩する手段が奪われてしまうのです

 では、肉体と魂のこの崇高な調和、この完全な協調が、もし損なわれたとしたら、人類はどうなってしまうのでしょう。この調和は、肉体にとって重要なだけでなく、地球にとっても重要です。今から数十年後に私たちは、自らの環境を破壊し尽くし、極めて有益な資源を枯渇させてしまっているかもしれません。先ほど述べたように生命力に支えられている生物という存在が、時間という膨大な記録ファイルに残された、単なる思い出のひとつでしかなくなってしまう危険性があります。私たちが自らの蛮行を止めない限り、生きとし生けるものに活力を与えている、この神聖な生体エネルギーが宿る場所は、少なくとも私たちの傷だらけの星には、もはやどこにも存在しなくなってしまうことでしょう。

 物事が創造されたときの、当初の計画にはなかった生活の習慣を、私たち人間が自らの手で助長してきたことに間違いはありません。私たちは、予定された進路をすぐに外れて過ちを積み重ねます。その一方で、悲しいかな、私たちの自覚はあまりに頼りなく、良心が発する声も届かず、そして何よりも、悲惨なまでに過酷な試練や惨事を、十分な学びの機会として得ているにもかかわらず、残念なことに、それらに気づかず、教訓を理解しないことがままあるのです。自然のおきてに背くことは、とりもなおさず自然と自身の協調を破壊することになり、日に日に宇宙の知性の意図から、少しずつ遠ざかっていくことを意味します。

 もし神が自らの姿に似せて人間を創ったのであるならば、自然界の基本的なおきてに背いたり、そのようなおきてを変える権利を、神が人間に与えたはずはありません。人間は、正しい道を踏み外し、太陽の光に背を向け、地球の磁気に抗い、澄み切った水の恩恵を拒み、宇宙のあらゆる善良な波動から遠ざかっています。私たち人間は、見習い魔術師あるいは科学者もどきを演じているのであり、この世界を支配し、その法則を自分たちの都合に合わせて作り上げることができるのだと信じ切っています。しかも、その目的は幸せになることではありません。遠慮なく言ってしまえば、その目的は目先の利益にあり、その動機は欲と思い上がりです。

 破壊不能と言われていた防波堤をも倒してしまうような15メートルの大津波の前では、私たちは、取るに足りないちっぽけな存在なのではないでしょうか。世間から秀才と呼ばれ、自分の考えに確信を持ち、学位まで持っているほどの人々が、原子力発電所を建てること、まして地震の起きやすい地域に建てることに関して、それが危険なことであると夢にも思わなかったのですから、何とおそまつなことでしょうか。ただもう溜息が出るばかりです……。私たちは人間の名に値しないばかりか、地球という、私たちに差し出された尊い場所を授かる資格すらないのです。その一方で、善意ある人間は一致団結し、互いに手を取り合い、協調して、この世界に調和をもたらすことに努めなければならないと、何十年も前から言われ続けてきました。

 こうした事実に加え、私たちの星に関する暗い実態が、今後さらに明らかにされるでしょう。それでもなお私は、手遅れであるとは思っていません。光が闇に打ち勝つ可能性は残されていると思っています。しかしそのためには、抗議の声がわき起こり、それがうねりとなって指導者たちの良心を、もしそのようなものがまだ存在するとすればですが、その良心を揺り動かす必要があります。私たちの誰もが、地球と人類を守るために行動し、このような潮流を生み出す主体となることができます。もちろん、一般にエコと呼ばれている事柄に、大多数の皆さまが配慮し、すでに長きにわたって様々な技術を使い、あらゆる工夫を凝らしてきたことは、私もしっかりと理解しています。しかし、それでも、疑念を抱いておられる方や、二の足を踏んでおられる方もたくさんいらっしゃいます。また、ご自分の生活スタイルやご職業、あるいはお読みになる本によって感化される方もおられます。専門家が、あれこれの薬物や、ある種のワクチンの素晴らしい効果を褒めそやすのを聞けば、やはり心に残ります。しかし、そのような言葉の一部には誠意も良心もないことがあるのです。彼らは、こうしたものがもたらす弊害も十分承知の上で語っているのです。このように、影響されてはならない事例は枚挙にいとまがありませんが、皆さんは鋭い観察眼を備えておられる上に、高い教育を受け、十分な洞察力もお持ちです。しかも、人類と地球の将来について日々考え、熟慮を重ねている方々でいらっしゃるわけです。

 私からはこう述べるにとどめましょう。ご自分の意見をためらうことなく言葉にするべきです。たとえ周囲の方々が、あなたの考えに理解を示さなくてもです。バラ十字会員にとって環境保護は、スピリチュアリティ(spirituality:心の深奥が示す善良さ)と切っても切り離せない関係にあります。片方が欠けたら、もう一方だけでは、存在することも持ちこたえることもできないからです。だからこそ、冒頭で「人間は二元的な生き物である」と申し上げたわけです。

 地球が健全さを保ち、そこを住み処とする生物が健やかに生き続けられるように、私たちは精一杯の努力をしなければなりません。それと同時に、自己の精神を高めようとする心を絶やしてはいけません。醜悪で、腹黒く、慈悲のかけらもない世事のあれこれから、自分自身を引き上げてください。物質的な要素を足がかりとすることで、より高くへ登り、世界に対する見識を広げることができるのです。視線をはるか地平線に据え、胸を張って生きましょう。ひざまずくべき場所は、美と徳に満ちた聖なる場所であり、他ではありません。その聖所は、私たちの魂、そして大宇宙の魂という殿堂の中央にあります。こここそが、「深遠なる平安」を見いだし天上の音楽を聞くことができる場所であり、〈師〉たちの心地よい声が、その音楽とハーモニーを奏でながら溶け合い、その神聖な建物の隅々にまで満ちています。

 私たちの体は、人類社会のために役立てなければなりませんし、精神と善良な心は、あなたの任務と同胞のために用いなければなりません。しかしあなたの魂は、高次の領域で休息していなければなりません。そこでは、いつも庇護と慰めを見いだすことができます。悲しみに暮れ、猜疑心に捕らわれ、失意に沈んでいる時には、神聖なる母性の慰めに心を委ねるのもよいでしょう。一切の恐れから高く飛び去って、宇宙の聖なる意識で心を満たしてください。

 いくつかご提案を申し上げましたが、これが「言うは易く行うは難し」であることは承知しております。また、恐れや不安、自身のあれやこれやの欠点が泥沼のように足かせとなって、私たちが、精神の高位の領域へと飛翔するのを阻むことも承知しています。

 しかし、決して諦めてはいけません。生きていて、たとえ進むべき道を見失うことがあっても、希望を失うことは、あってはならないのです。様々な生き方があります。進むべき道もひとつではありません。これまで培ってきた経験が、道案内となって足もとを照らしながら私たちを導いてくれます。

 真実が、真実のままであることを願っています。たとえ人類が破壊的な愚行に走るとしても。

 以上が、スピリチュアリティを高めて環境保護を実践することをお勧めする私の提言です。そして、バラ十字会の会員の皆さんに申し上げたいことがあります。ご自身がバラ十字会員であること、そして善意を備えた人間であることに、どうぞ誇りを持ってください。

 さてここで、2001年に書かれたバラ十字会の宣言書から、一部を抜粋して読み上げることをお許しください。この宣言書は、バラ十字友愛組織が17世紀に発表した3冊の宣言書に続く第4の宣言書です。この宣言書は、様々な重要なテーマについて述べていますが、その中から、人類と自然の関係に関する内容を取り上げましょう。

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 自然と人類の関係に関して、全体として人間がこれほど自然に対して害を及ぼした時代はかつてなかったと私たちは思っています。人間の活動が、環境にますます荒廃をもたらしていることは誰の目にも全く明らかなことでしょう。さらに、人類という種が生き残れるかどうかが、自然のバランスを尊重する人間の能力にかかっているということも明らかです。食物に対して行われている生物学的操作、汚染物質が広く使用されていること、核廃棄物の蓄積を十分に管理しないことによって、文明の発展は多くの危険を生み出してきていますが、これらの例は重大な危険のほんの一部でしかありません。以前は専門家だけが自然保護に関わっていましたが、自然保護は、すなわち人類を保護することでもあり、今やすべての人の責任となっています。さらに自然保護は、今や世界規模の最大の関心事となっています。まさに自然に対する私たちの概念が変化してきており、自分自身が自然の一部であることをさらに理解するようになるにつれ、世界的な自然保護はなおさら重要になっています。人間は自然を自分たちが望む状態にすることができるのですから、現代の私たちはもはや「あるがままの自然」について語ることができません。

 現代の特徴のひとつはエネルギーの大量消費です。もしエネルギーの消費が理性的な判断のもとに管理されていれば、この問題は本来、それほど心配される事態にはならないはずです。しかし石炭、ガス、石油などの天然資源が過剰に採掘され、徐々に使い果たされつつあります。さらに、原子力発電のような一部のエネルギー源は、克服することが非常に困難な深刻な危険性を生じています。また、最近の対話の試みにもかかわらず、ガスの放出による温室効果、砂漠化、山林の乱伐、海洋汚染などのような危険に対して、自然破壊をやめさせようという明確な意志がないために、十分な保護の対策が行われていません。このような環境破壊は、人間を極めて深刻な危機に直面させるという事実に加えて、個人も、社会も、全く成熟していないことを表しています。一部の専門家の主張とは異なりますが、暴風雨や、洪水など現在の異常気象は、あまりにも長い間、人類が私たちの惑星に与えてきたダメージの結果であると私たちは考えています。

 もうひとつの重大な問題、水の問題に、将来私たちは直面し、その影響はますます増大していくであろうことは確実です。生命の維持と発達に水は欠かすことのできない要素です。どのような形にせよ、すべての生物は水を必要としています。私たちの身体の70パーセントを水が占めているという理由だけをとっても、人間もこの自然の法則の例外ではありません。しかし今日、清浄な水を手に入れることができるのは、世界の住人のおよそ6分の1に限られています。この比率は地球規模の人口増加と大河や小川の汚染のために、この先50年もしないうちに、さらに4分の1になってしまう可能性があります。今日では、有名な専門家たちの大多数は、「黒い黄金」つまり石油よりも、「白い黄金」と呼ばれる水の方が、21世紀の重要な資源になるということに、意見が一致しています。それは、水があらゆる紛争の原因となる可能性があるということでもあります。ですから、世界的なレベルで、この問題を認識することが不可欠です。

 大気汚染もまた、すべての生物、特に人類に対して、深刻な危機を引き起こしています。産業や冷暖房や輸送は、大気を汚染する原因となっており、潜在的な健康被害が生じています。都市部は大気汚染の影響を最も受けており、都市化が進むほど、その脅威は増大します。このため、都市の肥大化は社会のバランスを崩す、見過ごすことのできない危険性をはらんでいます。都市の大型化に関して、私たちはプラトンの助言に同意しています。彼は何世紀も前に以下のように述べています。「都市はその統一性が維持される点までは拡大することができるが、それを越えてはならない。」都市を過度に巨大化するような政策では、私たちがさきほど定義したヒューマニズムを推進することはできません。巨大化によって、大都市には必然的に争いが起こり、スラム化や治安の悪化が生じます。

 人類と宇宙の関係は、相互依存に基づいていると私たちは考えています。人は地球の子どもであり、そして地球は宇宙の子どもです。したがって、人は宇宙の子どもなのです。人間の肉体を構成している原子は、自然界で生じ、〈宇宙〉を構成しているものと同じものです。このことから、天体物理学者は「人は星々の子どもである」と言っています。人は宇宙の恩恵を受けていますが、宇宙もまた人間に多くを負っているということ、もちろん宇宙の存在自体は人間のおかげではありませんが、人間がいることが、宇宙の存在理由のひとつであるということにも注目しなければなりません。たとえば、もし人間が宇宙をじっくりと見つめることができないとしたら、宇宙はどんなものになってしまうのでしょうか。もし人間の意識が、宇宙全体に思いを馳せることができないとしたら、もし人間の魂がこの世界で、宇宙の素晴らしさについて熟考することができないとしたらどうでしょうか。宇宙と人間はお互いを知るために、さらに言えば理解するために、お互いを必要としています。このことは私たちにかの有名な格言を思い起こさせます。「汝、自身を知れ。そうすれば汝は、宇宙と神々を知るであろう。」

 第4の宣言書からの引用は、これくらいにいたしましょう。皆様の中に興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひ最後まで目を通されることをお勧めします。

(訳注:第4の宣言書はこちらからご覧ください)

 さて、近々開催される、極めて重要な催しのことを、この機会に皆様に思い起こしていただきたいのです。それは「国連持続可能な開発会議」(リオ+20)であり、ここブラジルの、リオ・デ・ジャネイロで開催されます(訳注:2012年6月20日~22日に開催されました)。

 今年に入り、国連からこの会議のための準備資料が発行されました。この文書の第2章は、「我々が望む未来」という題であり、持続可能な開発と地球環境の保全という観点でなされた、「リオ-92」(第1回地球サミット)以降の成果を評価しています。「リオ-92」は、環境保護と持続可能性についての画期的な成果であり、後の基準としての役割を果たすと考えられています。

 この文書から、一部を抜粋してご紹介します。執筆者の方々は、この20年間における成果を認めつつも、成果が上がらなかった分野やむしろ後退してしまった分野について、次のように警鐘を鳴らしています。

 「我々に降りかかる可能性のある、重大な脅威のいくつかについての、新たな科学的証拠が示されている。常に激化するそのような問題への対処が新たな課題であり、迅速な対応が求められている。現在でもなお、およそ14億人もの人々が極貧にあえぎ、世界の人口の6分の1が栄養失調に苦しんでいる。さらに、局地的な流行性疾患と、その世界同時多発的な拡大の恐れが常に存在していることが、事態を悪化させている。過度の開発によって、限りある地球の天然資源と生態系の維持能力にかかる負担は、右肩上がりで増大している。地球が現在支えている人口は70億人にのぼるが、2050年までには、その数は90億人に膨れあがると予想される」。

 お気付きになられることと思いますが、この警告は、私たちの2001年発行の『バラ十字宣言書』に書かれた内容と同じです。特に、たった今皆様にお伝えした引用箇所は、とても良く一致しています。

 今の私たちに言えること、それは、現在の状況を維持することがまったく不可能であるということです。

 私たちの充足感が、消費することからしか得られないものだとすれば、人類に幸福は決してもたらされないでしょう。大量消費とは、見方を変えれば、先端的な生産方法の導入を促す行為です。この生産方法では、さらに多くの資源とエネルギーが必要とされ、環境汚染を悪化させる影響だけしか持たない産業廃棄物が生じます。

 たとえ森林破壊であったり、環境汚染であったり、資源の過剰消費が結果として生じるとしても、いかなる犠牲を払っても、経済の発展を継続させるというのであれば、未来には決して希望を見いだせないことでしょう。

 世界の総人口の20%にも上る極貧の生活者や、人間としての尊厳を持てずに生きている数限りない人々が、建物と人口が密集し、暴力が後を絶たない都市部でこのまま暮らし続ける限り、人の心に平安は決して訪れないでしょう。

 私たちが『宣言書』を出した目的は、命を守ることを目指す運動に、今すぐにでも加わっていただくことを、善意ある方々に促すということでした。この命には、現在だけでなく、将来生まれる命も含まれます。

 この場をお借りして、多くの人がこうした運動に参加されることを、今一度強く要望します。

 世界の様々な問題に決定を下すという重大な役割を果たす国々の一員に、ブラジルはすでになっています。このブラジルで行われるこの会議をまたとない機会として、議論を尽くした確固たる任務を各国が負い、そして、「進歩」や「開発」といった言葉に対する理解が見直されることでしょう。

 進歩や開発は、人類の役に立つために行われるものであって、決してその反対ではないのです。

 命を尊重するというこの任務は、各国政府だけに課されている責任ではありません。その規模の大きさからして、政府系企業、民間団体、市民運動が一体となって立ち向かわねばならないものです。

 こうした連携が機能しない限り、私たちが将来直面することになる課題には太刀打ちできないでしょう。

 この要望が、理想家や夢想家の集団がひねり出した、荒唐無稽な理想論に過ぎないと、一笑に付す方がいらっしゃるかもしれません。

 いいえ、そのようなことはありません。このことを理解するためには、政府も企業も、また市民社会も、同じ人間である一人一人の個人から構成されているのだということを思い起こすだけで十分です。

 これらの集団を構成しているのは、思考力を有し、素晴らしい自然環境に感謝し、自身が望む生き方を選択できる、この星で唯一の生き物なのです。

 ご静聴くださりありがとうございました。そして、確信を持って申し上げることができるのですが、ブラジルのバラ十字会員の方々は、社会的地位や経済状態、年齢とは無関係に、どこに住んでいても、自身に可能な方法がどのようなものであっても、「エコロジー」という言葉が単なる理想論で終わることのないように、可能なあらゆることを行っています。

 当会のポルトガル語圏本部代表であるエリオ・ド・モラエス・E・マルケスが2012年に開始する環境意識向上キャンペーン用に、バラ十字会が特別に書き下ろした文書を、ここで公開します。この文書は、『あなたの魂の奥底に、バラ十字会は環境保護を訴えます』という題であり、現時点から、私たちの会の公式文書のひとつになります。

21世紀の始まりであり3度目の千年紀の幕開けにあたる現在、私たちの星は、ひいては人類の生存は重大な危機にさらされています。

忘れずにいましょう。私たちが生きている地球という星は、40億年以上もの昔から存在している一方、私たちが知っているような人類がこの地球に出現したのは、たかだか300万年ほど前にしか過ぎないことを。そして、その人類が、この100年足らずのうちに地球を危機に陥れてしまったことを。

忘れずにいましょう。地球の3分の2を覆っているのが水であることを。そして、私たち自身の体の75%が水でできていて、水なしには生きていけないということを。

忘れずにいましょう。森は、私たちが吸い込む酸素を作り出す、いわば地球の肺なのだということを。森がなければ大気は存在せず、したがって生命も存在しないということを。

忘れずにいましょう。人類が出現する数百万年も以前から、地上には動物たちが暮らしていたのであり、私たち人類の生存は、動物たちに支えられているのだということを。また、動物たちが、知性を持った、感受性豊かな生き物であるということを。

忘れずにいましょう。自然界の4つの領域は相互に依存していて、それぞれの領域の間には、すきまも明確な境界もないということを。また、そのそれぞれの領域は、異なったレベル、異なった形の意識を有しているということを。

忘れずにいましょう。地球は、自体が発生する電磁場に包まれていて、この電磁場が大気と連動して、生命に大きな役割を果たしているということを。

忘れずにいましょう。私たちの星が存在することは、偶然の産物、すなわち時間と空間が引き起こした単なる偶発的な出来事などではなく、私たちが〈創造主/神〉と呼んでいる、かの〈宇宙の知性〉が考え出して、そして実行に移した〈計画〉の一環なのだということを。

忘れずにいましょう。地球とは、単に人間が存在することを受け入れてくれる星であるばかりでなく、様々な魂が人の体の中に生まれ変わり精神的な進化を遂げた後に、素晴らしい帰結を迎えるための環境でもあるということを。

忘れずにいましょう。私たちの星こそ、創造されたものの中でも最高傑作のひとつであることを。地球に似た星は、宇宙にただひとつだけあるのではないにせよ、たぐい稀な天体であり、人類がこの地に暮らせるということは、極めて大きな特権であるということを。

忘れずにいましょう。地球は私たちの所有物などではなく、私たちが一生を送る間だけ私たちの裁量に任されているに過ぎないのだということを。そして、地球こそ、未来の世代に受け渡すことのできるものの中でも、最も貴重な財産であるということを。

忘れずにいましょう。私たちは、地球に対していかなる権利も持っておらず、持っているのは、地球に敬意を払い、保護保全に努める義務だけであるということを――たったひとことで言うとすれば、地球を愛しましょう。

次の言葉を忘れずにいましょう。
子供たちと一緒に覚えて、私たちみんなの標語にしましょう。

"Terra humanitasque una sunt".
(テラ・ウマニタスケ・ウナ・スント:ラテン語)
「地球と人は一心同体」

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラ十字」(No.128)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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