資料室

無限の中にある無限

Infinite Within The Infinite

コニー・ジェームス

By Connie James

 自分の周囲を見回してみると、私たちは物質と空間があるのを知ることができます。夜空を見上げても、同じ2つのものを見ることができます。無数に多くの星や銀河が、空間の中を巡っているのが見えます。星々や銀河のすべてには、決まった寸法があるように思われますが、それらが巡っている空間についてはどうでしょうか。私たちのいる宇宙が、無限の空間の中に存在するという事実を把握することは、人間の理解の能力を超えています。そもそも、無限について何かを理解することは、はたして可能なのでしょうか

 ヒンズー教では、宇宙の創造について、次のように語られています。「無限の水辺に漂うブラフマー(訳注)は瞑想している。そして彼は、その瞑想の中で突然、ひとつの黄金の卵として宇宙を見る」。先ほどの疑問に、この比喩をあてはめるならば、この宇宙はある種の思念体(訳注)であり、この思念体は〈創造主/神〉の心の中にあるという結論に達します。このように考えることは、先ほどの疑問を別の疑問に置き換えただけに思われるかもしれませんが、このことによってその疑問は、有限である人の心が把握できるものになります。私たちが目を閉じ、心に明晰さを保ち、何かを視覚化する(思い浮かべる)ならば、そしてその視覚化が、強力な集中と意図をもって行なわれるならば、いかなるものであっても、その対象をほんとうに"見る"ことを人は学ぶことができます。それはあたかも、五感のすべてを使って"見ている"超意識状態にあるかのようです。そしてそのとき、私たちが"見る"ものは、この"現実の"世界よりも、さらに現実的なものになります。

訳注:ブラフマー(Brahma):後期ヒンズー教の最高神。創造原理を表す。
思念体(thought form):何らかの精神の集中によって作られた、物質世界の創造の元になる原型。

 そのとき、視覚化された対象は、無限の"空間"の中に存在しています。人の心の中の無限の空間を、〈創造主/神〉の心に類比させて考えるならば、視覚化したときに、ある対象が人の心の中に存在するのと全く同じように、この宇宙は、〈創造主/神〉の心の中に存在するということができます。このことから引き出される結論は極めて重要です。つまり、存在するすべてのものは、〈創造主/神〉の心の中にあり、〈創造主/神〉の心によって満たされているということを意味します。そして、人間自身の心は、〈創造主/神〉の心の一部が孤立して存在しているものであり、人間の心を通して、〈創造主/神〉の心が表現されているということも意味します。同時に、〈創造主/神〉の心が永遠で無限であることから、その延長である人間の心もまた、永遠で無限であると言うことができます。このことは物質にもあてはまります。というのも、物質もまた〈創造主/神〉の心の表現だからです。物質の表れている様子は変化します。しかしその根底にあるエネルギーは永遠に変わらないものです。このことが、物理学で確立されている有名な「エネルギー保存の法則」であり、この法則はエネルギーが創造も破壊もされないということを述べています。

 物質とは何でしょうか。物質は分子からできていることが知られています。そして分子はさらに陽子、中性子、電子からできており、さらに、これらの粒子は、クオーク(quark)からできており、このクオークは「超ひも」(superstring)からできていると考えられています。これらの構成要素を理解したり操作したりするためには、その要素を、ある場合には波動として、ある場合には粒子として考えなくてはなりません。量子力学では、電子は雲として記述され、特定の場所でのその雲の濃さは、その量子の波動関数の特定の崩壊の結果として、電子がそこに生じる確率を表しています。私たちの体を作っているのは物質であり、それが実際にどのような表れ方をしていようと、物質はエネルギーであるということが確実に言えます。命と心も、このエネルギーの複雑な表れです。ですからある意味では、命と心は類似するものであると思われます。〈創造主/神〉は、人間にとって理解を超えたものであり、今後もそうあり続けますが、先ほど説明したように、その表現は、ほんのわずかですが把握することができるものです。

 今まで話してきたことから引き出せる結論が、もうひとつあります。人が死ぬとき、その物質である部分と心である部分は必ず分離します。人の死の際に、物質面で起ることは理解されています、他のあらゆる生き物と同じように、肉体は腐敗してばらばらになっていきます。しかし〈創造主/神〉の心の延長である人の心は、〈創造主/神〉の心と再び一体になります。その際に起こる変化には、ただ2つの可能性があります。第1の場合、塩が水に溶け込むように、人の心は、〈創造主/神〉の心に溶けるように広がり、その後は、実体は失われますが全体の中の一要素として表現されます。第2の場合は実体が存続します。そして後にこの実体は再び出現し、進化を続けることができます。ハリール・ジブランは自身の著書「預言者」の中で、このことをとても美しい言葉で表しています。「人は、無限なる大海の中の無限なる一滴である」。これらの2つの変化のうちのどちらが起こるかは、誰もが個人的に見届けるべき事柄です。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラ十字」(No.135)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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