資料室

ボロブドゥール

Borobudur

石造りのマンダラ

A Mandala in Stone

ビル・アンダーソン

by Bill Anderson

 インドネシアのジャワ島は、火山によってできた美しい島で、何世紀にもわたり、さまざまな文化の中心地でした。長い歴史の間、仏教徒やヒンズー教徒の王やイスラム教の君主に、この島は統治されてきました。これらのいずれの時代の遺跡も残されていますが、ボロブドゥールは、仏教の遺跡として、インド半島の外では最大のものです。そしてこの遺跡ほど謎に満ちたものはありません。

 ボロブドゥールとして知られる建造物は、1回の計画で設計され作られたものではありません。少なくとも5回の異なる工期があり、50年以上の歳月をかけて徐々に増築されていったものです。シャイレンドラ(Śailendras)朝の時代の、西暦780年前後に建造が始まり、西暦835~850年頃まで増改築が続けられました。シャイレンドラ朝とは、ジャワ島に8世紀に現れた、大きな勢力を誇ったインドネシアの王朝で、その名はサンスクリット語で「山の王」を意味します。シャイレンドラ朝は熱心に大乗仏教の普及に努め、ジャワ島中部の平野を、世界的に有名なボロブドゥールを含む、さまざまな仏教建築で埋め尽くしました。

象徴的な建築様式

Symbolic Architecture

 ジャワ仏教の考え方は、西暦800年前後に変化し複雑化したと思われます。そして、ボロブドゥールの構造も、この新しい考え方に合うように改築されたと考えられています。ボロブドゥールは、ピラミッドのような形の建造物で、自然の丘を包み込むように、その上に造られています。3段の円形の壇を6段の正方形の壇が支える構造をしており、密教のマンダラに似た設計になっています。これは、仏教の宇宙観を立体的に表現したものだと言われています。方形壇は浮き彫りのレリーフで覆われていますが、このレリーフは、悟りを開くための「指導書」であると解釈することができます。

 これらのレリーフは、まとまりのある一つの思想を表したものではないため、レリーフが表わしている複雑な象徴的意味を解き明かすのは、今日では困難なことです。現在見ることのできる建造物の形は、全く異質な多くの要素が、複雑に影響を及ぼし合った結果です。そして、それぞれの要素には、独自の思想と主張が含まれています。

●第一期には、3段の高さの小さな建造物が築かれました。この建造物はもともと、階段状のピラミッドの形に作られており、地元の山岳信仰からの影響が表れているのだと思われます。

●第二期には、基壇が広げられ高くされ、階段も作り直されました。そして、5段の方形壇と、円形の構造物を頂上にひとつ備えた形になりました。

●第三期には、数々の改築が行われました。頂上部の円形構造物が取り除かれ、新たに3段の円形壇と、ストゥーパ(stupas:仏塔)、つまり仏陀の髪や遺骨などを収めるための建物が築かれました。

●第四期と第五期には、新しいレリーフの追加と階段の改築などの小さな変更だけが行われました。建造物全体の象徴的意味に変更はなく、変更された箇所は装飾的な部分だけでした。

 完成した建造物は、現在私たちが目にするものよりも、ずっと印象的に見えたことでしょう。当初は、傘蓋、つまり仏教という人々を守る傘を象徴する、何重もの屋根を持つ、背の高いとがった塔が載せられていました。傘蓋は、他の国々ではストゥーパの上に設置されるものです。

 ボロブドゥールは、南に流れインド洋に注ぐ2つの川、プロゴ川(Progo)とエロ川(Elo)が合流する地点に建設されました。今日のボロブドゥールは、ヤシの木立と水田に覆われた平野の中央にある丘の上に位置しています。しかし、いつの時代も同じ地形であった訳ではありません。この低地は、プロゴ川のために、洪水の被害に何度も遭っていることが最近の調査で分かりました。ボロブドゥールはしばしば、開花したハスにたとえられます。周りに湖を造るために、建築家たちは、2つの川が利用できるまさにこの場所を選んだのだと考えられています。その結果できあがったこの建造物のその当時の様子は、仏教の世界観に一致していたことでしょう。つまり、世界を囲む大洋の中央にそびえたつ大地であり、湖上の宝石であるハスの花であり、仏教やヒンドゥー教で、海に囲まれ世界の中心にそびえたっているとされる須弥山(Mt. Meru)を象徴していたのです。

宇宙のマンダラ

Cosmic Mandala

 ボロブドゥールは、自然の丘の上に、ひとつの大きなストゥーパ(stupa:仏塔)のように築かれています。そのため、上から眺めると、巨大なマンダラのように見えます。そして、宇宙と心の性質についての仏教の見方を同時に表しています。基壇は、一辺が約118メートルの正方形で、全体で9段の壇があり、そのうち、下の6段は正方形で、上の3段は円形です。最も上の壇には、その中心に大きなストゥーパがひとつあり、それを取り囲むように72個の小さなストゥーパがあります。各々のストゥーパは鐘のような形をしており、壁面には、装飾のための穴が多数空けられています。そして、飾り穴のある囲いの中には仏像が安置されています。ボロブドゥールの全体的なデザインはピラミッドに似た形状ですが、他の寺院にあるような内部の空間がなく、神殿や寺院として建てられた数々の建造物とは著しく異なっています。

 外側の回廊にあるレリーフには、スダナ王子と天女マノハラの物語(訳注)が記されています。これらのレリーフは全長3,000メートルにもなり、建造物を取り囲んでいますが、11のシリーズに分類することができます。建造物の基壇の隠れた部分には、160枚のレリーフからなる第1のシリーズが含まれ、残りの10のシリーズは、東側の入り口の階段から始まる4つの回廊の壁と欄楯(手すり)に配置されています。壁のレリーフの説話は右から左へと読んでいきますが、欄楯のレリーフは左から右へと読んでいきます。これは、巡礼の際のプラダクシナ(pradakshina)と呼ばれる習慣に従った配置です。巡礼者は、聖なる場所が常に自分の右になるように右回りに歩くのです。

訳注:スダナ王子と天女マノハラの物語:釈迦の前世のひとつであるとされるスダナ王子と、漁師が魔法の力を持つ投げ縄で捕らえた天女マノハラの間の純愛物語。

 基壇の隠れた部分の160枚のレリーフには、カルマの法則の働きが表わされています。第一回廊の壁には、2種類のシリーズのレリーフがあり、それぞれが120枚で構成されています。第一回廊と第二回廊の壁と欄楯の上部には、仏陀の生涯が記されています。そして、その下部には仏陀の前世のいくつかが記されています。残りのレリーフには、スイダナエー王子のさらなる放浪と探究が描かれ、「完全なる英知」への到達で終わっています。

 160枚の隠されたレリーフは、一続きの物語となっているのではなく、各々のレリーフが、完結した因縁譚(カルマの法則の具体例を表わす物語)を表わしています。陰口から殺人にいたるまで、とがめられるべき様々な行いと、そのそれぞれに応じた罰が表わされたレリーフもあれば、聖地への巡礼や施しなどの賞賛に値する行いと、その後に受けることになる報酬を描いたレリーフもあります。また、地獄の苦しみと極楽の喜びも描かれています。日常生活のさまざまな場面もあり、生と死の終わることのない循環である輪廻(samsara)のすべてが、余すことなく示されています。

外観とその象徴的意味

Form and Symbolism

 建造物自体は、ひと目見ただけでは、想像していたほど印象的でないと思われるかもしれません。ボロブドゥールは、大聖堂のように天高くそびえ立っているわけではなく、畏怖の念に駆られるような外観でもありません。ボロブドゥールは、感情ではなく知性に訴えるように設計されているのです。古代の巡礼者が歩いた長く困難な道をたどり、彫刻を施された1,460枚の石のレリーフの前を通り過ぎた後に、ボロブドゥールの頂上に達して初めて、この寺院の並外れた威容と美を完全に理解することができます。

 大部分のジャワ島の寺院とは異なり、ボロブドゥールの内部には、聖なる場所がありません。このことから分かるのは、この寺院が、特定の神や人物を崇拝するために造られたのではなく、宗教的な教育を極めてユニークな形で個々の人に行うことを意図していたということです。西暦842年の碑文では、この建造物の名称は「徳の積み重なった山」(Bhumisambharabhudara)とされています。当時のジャワ人は、大乗仏教(Mahayana:マハーヤーナ)を信仰していました。人々は、仏陀の教えが精神面に重要な価値を持つと考えていただけでなく、菩薩と呼ばれる超自然的な能力を持つ多数の存在を信仰していました。菩薩は、一般の人々が涅槃に達することができるように手助けをしてくれると考えられていました。

 マンダラや他の神聖な図形と同じ様に、ボロブドゥールという建造物は、より高いレベルの精神の目覚めと能力を人々に伝授する儀式の際に、重要な役割を果たしました。頂上部の3段の円形壇のうち、第一の円形壇には32個のストゥーパが、第二の円形壇には24個のストゥーパが、最上部の第三の円形壇には16個のストゥーパがあります。中心となる大ストゥーパのドームの直径は約11メートルで、円形壇の中央部に位置しています。

 「カルマへの記念碑」とも呼ぶべきボロブドゥールの、象徴的な意味のひとつに、山を表しているということがあります。下部の方形壇は、山の下方の傾斜を表しており、そのくぼみである仏龕の中に配置された多くの仏像は、山の洞窟内で暮らす修行僧を表わしています。ジャワ人たちの思想によると、山頂と洞窟は、究極の真理や超常的な力をもつ存在と接触することができる場所です。ボロブドゥールに描かれている場面は、おそらく、教師役の僧侶に率いられてやってきた、出家していない巡礼者に見せることを目的としたものです。

 建造物の南西では、僧院群の遺跡が発見されており、ボロブドゥールと同じ丘にも、別の僧院群が発見されています。ボロブドゥールの構造は、下から上までが3つの部分に分けられ、三界を表しているとされています。三界とは、仏教思想で、涅槃に至るときに通過する3つの段階(世界)のことです。最初の段階であり、最も下の方形壇で表わされているのは、「欲界」(Kamadhatu)です。これは、精神面の知識を手に入れる前、つまり仏陀の教えに出会う前の人の状態を表します。この部分では、カルマの法則、すなわち原因と結果の法則を表わしたレリーフを見ることができます。この段階の人々は、苦しみの原因となる物質的な欲望に囚われています。

 第2の段階は、「色界」(Rupadhatu)にあたります。色界は物質の世界ですが、この世界の住民の体は精妙な物質で構成されているため、欲界の住民には見えません。人生の意味と、他の人のための自己犠牲の必要性と、そして、正しい行動に対する究極の報酬について、人間は徐々に十分に理解するようになります。その報酬とは、輪廻から脱出することができるということです。

 第3の最高の段階であり、最も上の方形壇で表わされているのは「無色界」(Arupadhatu)です。ここに住む存在は、形も所在もなく、善のカルマの成果を享受しています。ストゥーパがある上層部の3段も、この「無色界」の段階にすでに達していると見なされます。下層部の回廊では巡礼者は、さまざまな教師から教えを受けてきましたが、もはやこの段階では、他人からの指導を必要としないと考えられています。果たさなければならないのは、自分のペースでこの旅を終わらせることだけです。

 ボロブドゥールの上部に達した巡礼者は、びっくりするような具体的な変化、ボロブドゥールの驚異を体験したことでしょう。下層部の回廊を巡っている間は、壁に刻まれた光景を除けば、巡礼者が見ることができたのは、空と近くの山々の頂だけでした。つまり下層部では、巡礼者は外の世界から完全に切り離されていました。しかし、その上にある円形壇にたどり着いたとき、巡礼者は、さえぎる物のない広い場所へと出て、ケドゥ盆地をはるかに見渡すことができます。世界の、拡大された新しい眺めを見せることによって、巡礼者に感動を与えることを、この寺院を建造した人たちは意図していたと考えられます。

ボロブドゥールは、南に流れインド洋に注ぐ2つの川、プロゴ川とエロ川が合流する地点に建設された。今日のボロブドゥールは、ヤシの木立と水田に覆われた平野の中央にある丘の上に位置している。

再発見

Rediscovery

 何世紀もの間、ボロブドゥールは、火山灰の層と生い茂るジャングルの下に隠されていました。英蘭戦争の後のナポレオン戦争の間に、ジャワ島はイギリスの統治下となり、1811年から1816年の間、イギリスに治められていました。統治者に任命されたのは、シンガポールの創設者である副総督トーマス・スタンフォード・ラッフルズ卿(1781-1826)でした。彼はジャワ島の歴史に大きな関心を抱いていました。ラッフルズはジャワ島のさまざまな骨董品を収集しただけでなく、ジャワ島全土を巡る旅で地元民と交流し、それを記録に残しました。1814年のスマラン(Semarang)への視察の際に、ブミセゴロ(Bumisegoro)村の近郊のジャングルの奥深くにある大きな建造物についての情報を得ました。ラッフルズは自分でこの建造物を発見できなかったため、代わりにオランダ人技師H・C・コルネリウス(Cornelius)をこの地域の調査に派遣しました。しかし、この建造物の発掘者として歴史的に認められている人物はラッフルズです。ラッフルズは、世界中の学者の注目をこの壮大な遺跡に向ける取り組みを行ないました

 現在のボロブドゥール村は、インドネシアの中部ジャワ州(Jawa Tengah)にあります。最も近くにある都市は、文化の一大中心地であるジョグジャカルタ(Jogjakarta or Yogyakarta)です。ジョグジャカルタ市は、中部ジャワ州の主要な観光地で、ボロブドゥール以外にも、近隣に多くの観光地があります。ジョグジャカルタ市からボロブドゥールの最大の寺院までは1時間ほどの距離です。

 1975年から1984年の間に、ユネスコとインドネシア政府の支援によって、徹底的な修復作業が行われました。入り組んだ回廊は細かな部分に分解されました。全部で100万個の石がひとつひとつ洗浄され、復元されて、新しい基壇に戻されました。ほとんどの旅行者は、ジャワ島には寄らずに隣のバリ島を訪れます。これらの人たちは、実にすばらしい宝石を見逃しているのです。ボロブドゥールは生まれ変わって、再び巡礼者を受け入れる準備ができています。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」(No.141)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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