資料室

小さい丘になる

Be a little Hill

ドナ・アッシュワース・トンプソン

by Donna Ashworth Thompson

 聡明な人たちが書いた多くの素晴らしい文章を読んだとき、私は自分の考えていることにがっかりすることがあります。自分の考えがあまりに普通に思え、たいした価値があるとも思えません。しかし、この世界は、普通のことを考える平凡な人々でいっぱいです。

 私には、詩を書く友人がいます。その友人の作品のひとつに、心がなごむ一節がありました。

雲より高い山になれないのなら…

考えを変えて、私は小さい丘になることにしよう。

誰もが山になれるわけではないのだから、それが神の意志ならば、

私は半分くらいだけ頑張って、小さい丘になろう。

 最近読んだこの詩ほど、沈んだ気分を明るくさせてくれたものはありません。私は、才能のある人やそのような人たちが行ったことに、あこがれてばかりいました。そのすべては、私には手の届かないものでした。そこで、私なりの平凡なやり方で、できることを考えるようになりました。ほとんどの人は、山になりたいと思っているようです。重要人物になりたいし、立派な品物を持ちたいのです。街に住んでいると、大きい家や高級車やブランド品などが欲しくなります。そういったものが注意を引いて、人々が自分を尊敬してくれます。もし田舎に住んでいるならば、見事な牛や機械や何エーカーもの広い土地が欲しくなります。

 また、そういったものに興味を持っていないなら、その町や地域やその国の“山”になりたいと思うかもしれません。つまり、人々の中にそびえたつ“エベレスト”のように、注目される人物になりたいのです。そして山になるために、私たちはしばしば多くのものを犠牲にします

 私は、切り立った崖と雪を頂いた頂上を見て、多くの山が、どれほど厳しく険しいかについて考えました。山は他の世界から隔てられ、雄大さの中に孤立しています。“山”のようである人々について、ジョージ・エイドはかつて、「そこでは凍えるよ」と言っていました。私もたぶん、そうなのだろうと思います。

 それに対して丘は、私たちの生活のすぐそばにあるので、身近で親しみやすく、みんなに愛されています。春には、ハナミズキやハナズオウの木が、さまざまな色合いの緑と涼しい日陰で、私たちを熱から守ってくれます。秋には、美しく色づいたこがね色の景色となり、冬になると、松と杉の緑のそばに、枝がむき出しになった木々がたたずんでいます。これらのすべてが美しく愛らしいのです。

 私はいつも山でありたいと思っていました。ところが、小さな丘と、そのそばにある、子供たちが遊ぶのが好きな小川のことを書いた詩を読んだあとに、私は小さい丘でいようと決めました。

 人はいつでも、険しい山々や、それに似ている人が好きなわけではありません。人は彼らを賞賛し尊敬しますが、小さい丘についてはそうではありません。人は、ありきたりのものを、毎日の生活に必要なだけ持ち、平凡な家に住んでいる、ちょっとだけ親切な普通の人が好きです。そういう人は、山にたとえられる人ほど輝いていないかもしれません。しかし私たちは、そのような人のことがよくわかります。私たちは、丘のような人を祭り上げることもありませんし、その前でかしこまることもありません。

 私たちには、道の先を歩いてくれる山のように偉大な人々が必要ですが、丘のように、目立ちすぎず、腰を据えた普通の人々もまた必要です。こういったことを考えて、私は自分が、ほんの小さな丘だったのだとわかりました。私は山になりたかったのですが、おそらく山になる十分な能力がなかったのでしょう。それに、山になる努力をするなら、楽しい人生で私は、多くのことをあきらめなければなりません。私にも誰もが見るような夢があります。私たちは家庭や生き方をより良いものにしたいと考えます。私たちは、自分自身と愛する人たちのために、人生を今よりも楽しく、豊かにしてくれるものを求めます。

 人々は小さい丘を愛し、一方で山を仰ぎ見ます。その詩を読んだとき、私は知ったのです。私が実際は小さい丘に過ぎないのならば、山になるために、もがき苦しむことはないのだと。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラ十字」(No.142)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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