資料室

予知現象の体験

The Precognitive Experience

ラッセル・クレイトン

By Russell Clayton

 ある朝、鉱山の監督責任者が、部下たちの様子を見に地下に入りました。彼は、ある作業場で鉱員たちをしばらく見ていた後に、直ちに行動を起こさなくてはならないという非常に強い衝動を感じ、全員に鉱山のその区域から出るよう命じました。彼の説明を他の人はばかげていると思いましたが、まもなくその場所全体が陥没したとき、人々は衝撃を受けました。どうして知ることができたのか、それは依然として謎のままです。

 この話は、いわゆる「予感」とか「予知」と呼ばれている現象の典型的な一例です。人間が五感で知覚するすべての現象の根底には、結果があれば原因があるという原則が働いていると、バラ十字会員の多くが考えています。予知を体験したことのある人は、その体験に一種の困惑と畏怖を感じ、またそのようなことを生じさせる原因に対して、深い畏敬の感情を覚えます。予知を感じた後に、それに対応する物理的な現象がすぐに起こると、そのような畏怖は特に強いものになります。哲学的な言い方をするならば、予知から生じるのは次のような疑問でしょう。「ある結果が生じるための原因がまだひとつとして知られていないのに、その結果が起こることが、どのようにして分かるのだろうか」。

 神秘哲学の立場から見ると、すべてのできごと、あるいはひとつひとつのできごとは、〈宇宙〉(Cosmic)の中に可能性として存在しています。〈宇宙〉という言葉は、この場合、調和した関係を保って存在している万物の全体のことをおおむね意味しています。バラ十字会の哲学は、空間という観念、そして特に時間という観念は、人間もしくは他の生物の意識の産物以外の何ものでもないと考えていますが、過去、現在そして未来もまた、突き詰めていえば、神秘学のいくつかの文献で「唯一の今」(the now)として知られている、単一で分割することのできない意識のあり方であると理解しています。この観点から見ると、原因と結果から形づくられるさまざまなパターンを、直感的に識別できる可能性があります。万華鏡の模様のように、ある特定のパターンは、あるひとつの要素が別な要素に作用して、2つの間に関係が生じた結果です。もし他のいくつかの原因が、その関係との関わりを持ち、その関係に、変化すなわち影響を生じさせることがないならば、そのパターンが変わることはありません。

 人間に内在しているサイキック能力を通して、私たち人間はそのようなパターンを知ることができると神秘学では考えられています。それらは、意識が突然に受け取った単純な印象である場合もあり、その印象から関連するいくつかの観念が生じる場合もあります。そのような印象を受け取る人は、知覚したパターンの帰結、すなわち予知したできごとの実現とは無関係の立場にいる人かもしれません。一方で、まさにその因果関係に直接関わりがある他の人たちの精神と、私たちは偶然に同調して触れ合うことになるかもしれません。そのような場合は、その人たちの恐れを感知するかもしれませんし、自分とその人たちとの関係によっては、そのような印象を解釈して、ある人、もしくはある人たちに降りかかる特別なできごとであると考えるかもしれません。

 多くの分野での科学研究によって、自然界のできごとの大部分には、最終的で規模の大きい結果が観察される以前に、さまざまな原因と結果の連鎖があることが確認されています。地震は長年、時には何世紀にもわたって蓄積された地球の表面における応力やひずみと関連しています。鉱山の縦坑で起きた陥没の例によって、サイキック能力の鋭い人は、自身の周囲に存在しているさまざまな原因と結果の複雑な組み合わせから、最終的な災害の発生を察知できるのではないかと想定することができます。通常は、現実化する最終的な結果、すなわち予知の実現がその人の関心と直接関連している場合にだけ、印象が受け取られることになります。感知されるその印象は、視覚的なものであることも、聴覚的なものであることもあり、また、すぐに行動することを促されるほど十分に強い、切迫した状況という単なる感情的な“感じ”であることもあります。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラ十字」(No.144)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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