資料室

生まれ変わりにおけるカルマの働き

Karma in Reincarnation

ある心理療法士の経験

An Experience of a Psychotherapist

ケン・アレクサンダー

by Ken Alexander

 著者のケン・アレクサンダー氏は、英国で長年にわたり心理療法士をされていました。これまで世界各国で講演を行い、ラジオやテレビに出演されたことも数多くあります。1990年に医療分野の第一線から退かれた後は、バラ十字会AMORC英国本部の機関誌『Rosicrucian Beacon』の編集と制作に携わり、2001年6月号を最後に退任されました。

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 ある朝のことでした。一人の男性が私を訪ねてきて、医学的な問題で力を貸してくれないかと尋ねられました。彼は、以前に受けた2回の手術が成功しなかった上に、3回目の手術を受けるために病院に入院する日を待っているところらしく、無理もないことですが、その手術も失敗するのではないかという不安を抱えていました。彼の私への依頼は、催眠療法でも何でもよいから、手術後の自身の体が適切に快復し、それ以上は手術が必要とならないようにして欲しいということでした。

 彼が自身の問題について説明を終えたとき、私はしばらく返答をせずに、腰を下ろしたまま無言でいました。彼の依頼は特別変わったものではありませんでした。私の想像では、催眠療法を手段のひとつとして採り入れている心理療法士であれば、似たような依頼をされたことのある方が、ほとんどではないかと思います。この件が起きた時点で、私はすでに何年も心理療法の現場に携わっていましたので、こちらが思いもかけないような内容の依頼をされることは、もしあったとしても、ごくわずかであったことでしょう。

 私が驚いたのは依頼の内容のことではなく、依頼者に対する私自身の反応でした。こんな経験は初めてのことだったのですが、彼が診察室に入ってきた瞬間、何らかの理由で、すぐに私は彼に対して嫌悪感を抱いたのです。彼の身なりは洗練されていて、物腰も好ましいものでした。それにもかかわらず私が彼に対して即座に抱いた疎ましさは、理にかなった説明などひとつもないように思われました。彼が大きな悩みを抱えていることは一目で分かりましたが、それでもなお、私は彼を患者として受け入れるとその場で即答することを避け、少しの間考えさせてくださいと彼に伝えたのでした。彼の依頼は異例の内容なので、よく検討する必要があるのですという言い訳を付け加えました。そして、引き受けるかどうかをお伝えしますので、翌朝電話をしてくださいと告げて、それきりこの件を後回しにしたのでした。決断を引き延ばしにしていることで、私は居心地の悪さを感じていました。

 あの若者が私に助けを求めているという事実が、私の頭から一日中離れませんでした。別の患者を診ている間は、それを意識の片隅へと追いやることができましたが、患者が入れ替わる間のちょっとした時間に、朝の訪問者(J氏と呼ぶことにしましょう)のことが心に浮かんでくるのでした。昼食の間も、遅い夕食を食べている最中も、彼のことで頭がいっぱいで、食欲などまったく湧かないありさまでした。あれほどはなはだしい嫌悪感を抱いたのはなぜなのだろうと、自らに問いかけました。何らかの方法で助けることができるということに、私自身が疑いを持っていたためだったのでしょうか。結局のところ、彼の抱えている問題は純粋に肉体的なもののようだし、私の仕事は心の領域、感情の問題を扱う分野なのであって、彼のように完全に肉体的な問題のためのものではないのではないか。しかし、私の仕事の対象がうつ病や恐怖症や感情の障害などといった問題に限られるのだと、どんなに自分に言い聞かせようとしても、それが言い逃れでしかないことは分かっていました。この件に決断を下さずに、その夜、私はベッドに入ったのでした。

 普段はぐっすりと眠る私ですが、その夜は、あまり良く眠れませんでした。私はJ氏の問題をめぐって、自分自身と論争を続けていたのでした。彼の問題は完全に肉体的なものだということを言い訳にするとしたら、明らかに見て取れる彼の不安を、見て見ぬふりをしたことになるのではないか。多くの心理療法士が採り入れているサイモントン療法(訳注)が、ガンのような状態の人の助けになるとすれば、助けを求めているJ氏からの要請を断ることをどうしたら正当化できるというのでしょうか。明け方の時刻に、すっかり疲れ切っていた私は、良い方向に導いてくださいという短い祈りの言葉を〈宇宙〉に向けて小声で唱えて、眠りに落ちたのでした。

訳注:サイモントン療法:米国の放射線腫瘍医、心理社会腫瘍医であったカール・サイモントン(O. Carl Simonton, 1942-2009)が開発した、ガン患者とその家族や支援者のための心理療法。

 そして私は夢を見ました。それは今まで見た中で、最も真に迫った夢でした。夢の中の私は、樹木が生い茂る田園地方にいて、馬に乗った数人の男たちに追われていました。私も馬にまたがっていたのですが、明らかにこの馬は具合が悪く、みるみるうちに追っ手が近づいてくるのです。追っ手のペースが落ちてくれるように願いながら、私は鬱蒼とした森の奥へと入っていきました。すると、男の2人連れに出くわしました。年配の男は50代くらいで、若者は14歳か15歳といったところでしょうか。2人は、私の馬が脚を怪我していることと、私が何かから逃げていることを察して、馬を降りて徒歩でついて来るように言い、私は従いました。彼らに導かれて森を抜けると、開けた場所に出ました。そこには、修道院か何かだと思われる石造りの大きな建物がありました。彼らと私は身をかがめて、前のめりになって走り、母屋の下にある貯蔵室のような場所の入り口に着きました。年配の男は、扉を開けて連れと私を中に通すと、自分も続いて入って、後ろ手に扉を閉めました。

 部屋には明かりひとつ灯っていませんでしたが、壁にできた割れ目や穴、私たちが入った戸口から漏れ込む光のおかげで、そこそこの明るさがありました。いくつかのワイン樽と上の階に通じる石の階段さえ見えれば、私には十分でした。頑丈そうな扉が、階段を上りきったところに設けられていました。私を導いた、何となく胡散臭そうな2人連れは、階段の右側に腰を下ろして、背中を壁にもたせ掛けていました。私は彼らと離れた所に座ろうと決め、背中を丸めた姿勢で、階段の左側にそっと腰を下ろしました。彼らは粗末な身なりをしていました。年配の男性は周囲を見回すと、首を動かしながらワイン貯蔵庫の端から端までをつぶさに見渡しました。しかし、彼が私のことを注意深く、だが気づかれないように見ていることに私は気づきました。

 2人はひそひそ話を始めました。私を襲おうと企んでいるのかも知れないと思い、会話をすべて聞き取ろうと耳をそばだてました。聞こえてきた会話から、彼らが森に密猟に入ったことと、そして、馬乗りたちが近づいて来るのを警戒していたことが分かりました。さらに、私が追われているということは、私が犯罪に手を染めたからに違いなく、それならば金銭か金目の物を持っているだろうという推理を巡らせていました。若者の声はとても小さかったのですが、聞き取れた言葉から得られた印象によれば、彼と、そして彼の相棒は明らかにそうなのですが、以前にもこの貯蔵室に逃げ込んだことがあるようでした。

 年配の男の容貌は、ずる賢そうな顔に白髪混じりの黒髪で、いくらか浅黒く日に焼けていました。若者の髪は赤茶色で、体は痩せこけていました。彼は、相棒に対してどことなく畏敬の念を抱いているようでした。私の身なりは汚れて、多少乱れてはいましたが、仕立てもデザインもこの2人の着古した服よりは上等であることは分かりましたし、彼らもそれにはっきりと気づいているように思われました。2人をじっと観察していると、先ほどの追跡劇が思い出されました。私の追っ手たちは、教会と何らかの繋がりを持った兵士か警備員だったのでした。きっと、異端審問に関連する任務を負っていたのでしょう。私はこのことを確信していました。というのも、私の持っていた信念は、異端にあたるとされていたものであり、そのために追われていたのだからです。

 それから数分が経ちました。若者が腰にぶら下げていた袋から食べものを取り出すと、2人で分け始めました。私に分け与えようとはしませんでしたが、私は気にしませんでした。まるで食欲が湧かなかったからです。そこで、2人が粗末な食事を取る様子をじっと見ていたのですが、やがてうとうととし始めました。この2人を信用していなかったので、私の眠りは途切れがちでした。突然叫び声がして、私は目を覚ましました。見ると、僧衣に身を包んだ一人の男が、貯蔵室まであと2、3歩というところまで階段を下りてきていました。先ほどの2人はすでに逃げ失せていて、貯蔵室の扉は開けっ放しになっていました。貯蔵室の外からも叫び声がして、私は飛び起きました。修道僧は、入り口と私の間に回り込み、1メートル以上はあろうかという鉄の棒を右手にしっかりと握りしめていました。彼がそれを武器として使おうとしていることは明らかでした。表の叫び声がこちらに迫ってきて、後ろに逃げても無理だと覚った私は、階段を駆け上がって、階段の上にある開いた扉を走り抜けました。

 扉は玄関ホールのような広間に通じていて、そこには、背後にいる僧と同じような服を身に着けた修道僧がたくさんいました。背後の僧が、私が逃げた方向を他の全員に大声で知らせていました。僧侶たちがさまざまな武器を手にして、私に襲いかかろうとしているのを見て、私は背筋が冷たくなりました。広間の中央には大きな階段があったので、そこを目指して走り、飛ぶような速さで駆け上がりました。上りきったところには、いくつかのドアがあるのが分かりました。奇跡的に、上の階には誰もいないようでした。私が貯蔵室で見つかったときに、僧侶たちは祈祷か夕食をしていたに違いありません。私は、どうすべきか見当もつかなかったのですが、上の階に行けば、階段で右往左往している僧侶たちから隠れる場所があるかもしれないと考えました。

 最後の階段を上りきると、一人の男がバルコニーで、こちら向きに立っているのが目に留まりました。彼は両手でクロスボウ(crossbow:洋弓銃)を持ち、矢の先を私に向けていました。私が彼に気付いた瞬間、彼は矢を放ち、それが私の体を貫きました。私は一瞬の痛みを感じた後に、階下にいる僧侶たちが上げる興奮に満ちた歓声の中へと、階段を転げ落ちていきました。その様子を、私は一種の高揚感をもって見つめていました。なぜなら、私は広間の上方、僧侶たちの手の届かない高さに漂っていたからです。私が大弓を引いた男の横に浮かんでいても、彼は私にまったく気づいていないようでした。しかし、私は彼が誰であるかがはっきりと分かりました。容貌こそ違っていましたが、彼が誰なのかを疑う余地はまったくありませんでした。私は彼を知っていました

 頭の中で、誰かが語る声が大きく響きました。「・・・許すのだ。彼らは、自分たちが何をしているのかを理解していないのだから」。場景が一変し、気がつくと私は現代へと戻り、自分のベッドに横たわっていました。私の夢、もしくは私の記憶は、どちらと呼んでも構いませんが、あまりに現実的で、そして鮮やかであったため、目が覚めたのか、まだ夢の続きを見ているのかが最初はわかりませんでした。数分が経つと、ようやく周囲の状況に慣れ、自分の腕をギュッとつねって、自分が自宅の寝室にいることを確認したのでした。夢の中の大弓を持った男は間違いなく、昨日私に会いにきた男性、あのJ氏でした。

 その時、私は彼を患者として受け入れなければならないことを理解し、後ほどそのことを彼に電話で伝えました。彼は入院する前に、何度か私のカウンセリングを受けました。最後の面接が終わると彼は私と握手を交わし、支援に対して礼を言いました。彼の姿は落ち着いていて自信に満ちていました。それを最後に、私は彼に会うことも噂を聞くこともありませんでした。私はと言えば、自身の人生の中でもこの特殊なエピソードの中で私が体験したことに、可能なあらゆる合理的解釈を行なったのですが、当時も今も、それに満足したことはありません。生まれ変わりにおけるカルマ(訳注)の働きという説明がありうるのかもしれません。というのもJ氏は、最初の面接のときに、私とはどこかで会ったたことがあるというはっきりとした印象を感じると言っていたからです。

訳注:カルマ(Karma):元々は、サンスクリット語で行為を意味する語。業。人の思考、発言、行為が持つ影響を意味し、それが肯定的なものか否定的なものかによって、現在の人生や、後の人生の状況を左右するとされる。

 2度目のカウンセリングのときに、彼は、何人かの兵士に捕らえられて捕虜になるという奇妙で鮮やかな夢を見たことがあると言っていました。彼の説明によれば、彼は頻繁に夢を見るわけではないのですが、この夢は特に普通の夢とは異なっていたので、細部にいたるまで記憶に残っているということでした。彼は、この体験をしたのがローマ帝国時代のころであろうと推測していました。彼は戦闘で負傷し、戦死した者たちと一緒に、兵士たちの手で生き埋めにされたのでした。そして、それを命じた将校は、彼の言葉を借りれば、私に“瓜二つ”だったのです。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラ十字」(No.145)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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