資料室

予知と自由意志

Precognition and free will

ウォルター・J・アルベルスハイム

by Walter J Albersheim

 『バラ十字ダイジェスト』誌の1948年3月号には、「自由意志のパラドックス」という題の記事が掲載されていました。以前のこの記事で私が指摘したのは、人間が自由意志を持つということと、神が全知であるという宗教の教義は互いに相容れず、この矛盾によって、神の愛、救世主(イエス・キリスト)、善なる意志を持つ人々を讃えていたキリスト教徒の集団の間に、激しい不信、厳しい敵意、残酷な戦争が生じたということでした。またこの記事では、人の心の奥底にある自己は、〈創造主/神〉の精神と同一であり、そのため、深い洞察に基づく人間の真の意志は、〈創造主/神〉の意志とひとつであるということを示すことによって、この矛盾を解消することを試みました。

 しかし、和解を試みたこの構想によって、先ほどの問題が完全に解決されたわけではありません。神が人格を持つという観念、個人を完全に超越した宇宙精神が存在するという考え方、もしくはアカシック・レコード(訳注)が個人に属するという見方、これらのいずれの観点を採用したとしても、個々の人間は、自由に行動を選ぶことのできる主体ではなく、まるで映画の登場人物のように、完全にあらかじめ定められた台本の通りに行動しているという考え方が生じることになるでしょう。しかしこれらの考え方を、事実だと見なすことはできません。

訳注:アカシック・レコード(Akashic Records):宇宙の過去・現在・未来のすべてのできごとは、宇宙の精神の中に記憶として蓄えられていると、多くの神秘学派では考えられている。アカシック・レコードとはこの普遍的記憶のこと。

 一方で、さまざまなできごとの一部が予知されるということが、人々の間でも、動物の間でさえも起こっているようであり、人間に自由意志があることを否定しているように思われることがあります。予知能力を持つ、古い時代の予言者や孤独な羊飼いたちのことが知られていますし、地震が起こるずっと前から、動物たちが落ち着かなかったり恐れたりするという、多種多様な報告があります。

 近年では、名高い研究機関によって行われた慎重な実験によって、予知の存在が実証されています。そのような実験の典型的な手順は以下の通りです。まず、この実験を経験したことのない被験者が注意深く選ばれて、ひとりにされます。その人は瞑想を行なって、後にこの実験に参加する、2~3人からなるグループの人たちが訪れる場所の光景を紙に描きます。そして、選ばれた参加者たちには10枚かそれ以上の、密封されて番号が付けられた封筒が渡されます。それぞれの封筒の中には、別々の訪れるべき場所が書かれた紙が入っています。被験者の瞑想が終わった時点で、参加者たちは乱数発生器の指示に従って封筒のひとつを選びます。そして封筒を開けて、指示された場所まで車で行き、その場所の説明を書いたり、そこの写真を撮ったりします。すると高い率で、被験者の書いたことと参加者たちが残した記録には、詳細な一致が見られます。

 この予知現象のことを、乱数発生器による場所の選択という未来のできごとがあらかじめ定められている証拠であるともし考えるとすれば、未来に行われた場所の観察が原因になって、それより以前になされた予知が生じたという、時間を逆転する因果関係があるという考え方を選ばない限り、この特別なケースにおいて人間の自由は存在しないことになります。いずれにせよ、予言などによって未来の詳細な光景が得られるということは、人間に意志の自由があるということを否定するように思われます。しかし私たち人間は、このような議論には反論の余地があるに違いないと直観的に感じるものです。確かに、すべてのことがどのように起こるかということが、あらかじめ完全に定められているなどと、人は本気で考えることができません。

 この反論を見つけるためにはまず、神とは、個性を持った独裁的な統治者であるという擬人化された見方から自分自身を解放しなければなりません。次に、普遍的精神すなわち神が存在するのであれば、それは何らかの形で時間を超越しており、それゆえに因果律も超越しているに違いないということを受け入れる必要があります。神秘家にとって神とは、人格を持たない、創造的な性質の普遍的精神の表れであり、神秘家は、神が宇宙のすべての心を全体として含んでいるに違いないと考えます。しかし、私たち人間の限られた理解では、「創造」や「創造性」といった言葉は、時間が存在するということをその意味の中に含んでいるという点に留意しなければなりません。

 銀河、恒星、命に満ちた惑星、自然の法則とカルマの法則のすべてを含んだ宇宙全体は、神すなわち普遍的精神の創造的な思考が、直ちに現実に“なった”ものです。神秘学の観点からいうと、宇宙というこの存在は、時間を超越しているという意味で永遠です。しかし、時間という観念に縛り付けられている私たちの観点から見ると、宇宙は徐々に進化して、思考する精神と個性を持つ生物がそこに誕生したのです。元々の創造的な思考に従って宇宙が進化した後にだけ、私たち人間は、普遍的精神すなわち宇宙の精神は、世界に存在するすべての心が統一されたものであり、またその源でもあると語ることができるようになったのです。

 神の精神と人の心の中のすべての思考が、宇宙を創っているのであり、宇宙という永遠の現実を活動させているのです。それはちょうど、私たち人間が意図的に考えたすべてのことと、意図的に観察したすべてのものが、その個人の記憶の中に永遠に刻み込まれるのと同じです。このような宇宙という現実は「存在するすべて」(All that is)にあたるので、そこから逃れることはできないという意味で「不可避」(inescapable)ですが、「完全にあらかじめ定められているもの」(rigid predestination)ではありません。時間と空間によって“縛られている”ある世界の中で、このような現実の正体が、いつ、そして誰に明かされるのかということは、宇宙意識の中に含まれている個人個人の心が、宇宙意識とどの程度混じり合い相互作用をするのかということにかかっています。神の精神は、宇宙の全体とその個々の部分を平等な愛によって包んでいます。宇宙の外側には何もないので、宇宙には敵も欲望も計画もありません。

 個人である私たちは、自由に思考、計画し、行動することができます。しかし、あらゆる思考と行為からは、その結果が生じます。いつ、どこで、どのように、人の思考と行為から結果が生じるかに、宇宙は関与しません。しかし、内省で得た予知によって、もしくは占い用のカードを引いたり、鳥が空を飛ぶ様子を鑑定するというような予知の手段さえ用いて、私たち人間は宇宙を「確定したり」、「固定化したり」するのです。

 宇宙意識と人の心の間の相互作用のネットワークの全体によって、私たち人間は、神の元々の創造的な思考へと近づき、高度な個人の意識へと向かう進化の階段を上り、そして、普遍的精神との自由に満ちた協力へと導かれます。私たちのさまざまな過ち、そしてそれらが私たちにもたらす苦しみは、上方へと向かう道にある教訓であり足がかりです。これは、自由意志にあたるのでしょうか。過去の時代の神秘家は、その通りだと断言して、次のように述べています。「汝の意志に従って行動せよ。しかし、その結果とともに生きよ。」

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラ十字」(No.145)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

このページのTOPへ